寒いだけ

最近、自分がどんな子供だったかなぁと思ったりすることがあるのです。

小学校のころは楽しく活発に過ごしてましたけども、漠然と覚えているだけで、具体的にこんなことがあったとかあんなことがあったと言うのは覚えていないようです。

ただ、とにかく外で遊ぶ子供だったので、冬も夏も楽しかった。

そしてそれぞれに良さがあると思っていた。

その一方で、冬になれば夏が恋しくなり、夏になれば冬が恋しくなったりと、要するに四季折々のことを考えると、どの季節だって楽しいし、春夏秋冬、甲乙つけがたく、いつだって、「もう幾つ寝るとお正月?でも夏もいいよね!秘密基地作るなら秋だよね!春は草木のにおいが最高だね!」と欲張り状態。

結局、年中、パラダイスだったわけである。


しかし、歳のせいなのかなんなのか、最近はそうもいかない。

もう正月が終われば、冬の楽しみは終わってしまうのである。
昔のように、ただただ楽しいという事はなくなった。
果たして僕は冬の何が楽しかったのか、考え込んでしまうぐらいだ。


つまり、今、寒いだけの冬、真っ只中なのである。
冬が寒いのは当たり前ってそんなことは分かっているんですが、そうでない。
「寒いだけ」


これはあまりにもひどい。
夏「暑いだけ」
冬「寒いだけ」
なんだろうか、この楽しめてない感。

がっくり。



2月。

もはやクリスマスも終わり、正月も終わり、とりあえず冬のイベント関係は終焉した。

バレンタインについては、もはや妻がなにかくれるだろうが、そこまで沸き立つものでもない。

決して妻からのお菓子がつまらないとかでは無いし、僕はお菓子大好きなので、貰えるとうれしい。

が、しかし。
バレンタインの醍醐味はそうではない。
もらえるかもらえないか微妙な雰囲気を楽しむ行事だと思う。あれは。

「最近よくメールくれるあの子は、もしかしたらなにかくれるかもしれない。」とか、
「案外、普段は何食わぬ顔をしておきながら、自分に惚れてる人がいたらどうしよう。いや、、いるかも!」

なんて感じが楽しいわけだし、だからこそ、市販のチョコを溶かしてハートの形に固めただけの贈り物でもうれしいわけなのだと思う。

この一年、忙しい朝も忘れずに髪を整えワックスをつけ、少ないお小遣いでかっこいい私服を買い、(かっこいい私服を見せつけられるチャンスは少ない。そのチャンスが年に一度の遠足の時のみだとしても)その成果が試されるからこそ!
楽しいのだと思う。


僕は上のどれにも該当する心当たりがないので、ただのお菓子貰える日なわけである。



3月になにがあるかと考えると、ひな祭りがある。

これは自分が男であるから、昔からあまり関係がない。



いやいや、イベントはそれだけだとしても、もっとお楽しみポイントがあった気がする。

なんだったのだろうか、あぁも僕が楽しみにした、冬には何があったというのか。



版画。

冬の図工の時間の版画。

彫刻刀の危険さに男子たちは興奮した。
彫刻刀が画板を切る音が好きだった。

木目に平行に切ると、すーっと、歯が入った。
木目に直角に切ると、ぞぞぞぞっという感じで削れた。
直角に切るときのほうが、音が派手なので好きだった。

インクの匂いと、プレスする時の、マシーンを操っているような感覚!

十時になっているハンドルを回すと、セットされた画板が、ローラーとローラーの間に入って行って、ぱき!ばき!とたまに音がする。
もちろん板がきしんでいる音なのだが、これがたまらない。

何がたまらないのかというと、やはり危険さだ。

このローラーに挟まれたらひとたまりもねー!
先生も、「気をつけろよ!」なんて言っている。

ジブリの天空の城ラピュタで、パズーが炭鉱のエレベーターみたいな機械の操作を任されるシーンがあるが、あの感じだ。
危ないものを扱う。
扱えるのは大人に認められてるから、みたいな気分だったんでしょうな。


忘れていたが、冬といえば版画だった。


学生の時は、卒業式などがある。













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